漁火倶楽部 函館 GLAY タクシー観光案内プラン
このページは函館出身の人気ロックバンドGLAYのメンバー、TAKURO、TERU、JIRO、HISASHIの
函館及び函館近郊ゆかりの地を巡りGLAYを感じてもらうタクシー観光案内プランを紹介しています。
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GLAY メンバー紹介
TAKURO  久保 琢郎(ギター) 1971年5月26日生
TERU  小橋 照彦(ボーカル)1971年6月8日生
HISASHI  外村 尚 (ギター) 1972年2月2日生 
JIRO  和山 義仁(ベース) 1972年10月17日生
GLAY HISTORY
 
 1988年の初旬、GLAYは結成される。
 TAKUROがTERUを誘う。その時、TERUはドラムとして誘われるが、ある日、テープに歌を吹き込み
 TAKUROに聞かせるとボーカルとして推薦される。
 HISASHIは、その年の春にTAKUROから誘われる。HISASHIは『蟻』というバンドにいたが
 解散したため、HISASHIは同じクラスメートのTAKROにGLAYを手伝ってくれないかと言われ、
 HISASHIは『いいよ』と答え、メンバー入りした。
 ベースにヒトシ、ドラムに中本、この2人もTAKUROと同じ高校だった。
 1988年4月、JIRO大谷高校に入学。中学3年の時、JIROは『NEXT BEAT』というバンドを友人
 たちと組んでいた。高校生になってJIROはコピーバンド『セラヴィ』を友人と組んだが高校2年の後半にやめる。
 1990年初旬、GLAYのメンバーは上京を決意する。メンバー達も高校3年も終わろうとする時、進路という
 大きな選択をしなければならなくなった。メンバーの中にも進学、就職、GLAYを続けたい人などさまざま
 だった。
 TAKUROは東京に行きGLAYを続けたいと決めていた。結局、ベースのヒトシは進学、ドラムの中本は就職で
 2人は脱退する。
 HISAHIが家の都合で横須賀(母親の実家がある)に引っ越すことになり、そのあとTAKUROとTERUは
 東京の印刷会社に就職を決め上京した。
 その年、JIROは『ピエロ』というバンドのベースがぬけたので誘いをうけ加入することになる。
 GLAYは上京して4ヶ月ぶりに函館に帰り『あうん堂』でピエロとジョイントライブをすることになった。
 このライブ後、ピエロのツカサからGLAYのメンバーを紹介してもらいJIROはGLAYと知り合うことに
 なる。その時、TAKUROから『東京に出てきなよ、一緒にプロを目指そうよ』と言われ、ピエロのメンバーと
 して仲間と上京を決意する。卒業と同時に東京に行き、デザイン会社に就職、会社の寮に住み一生懸命働いた。
 仕事が忙しく、なかなかバンドの仲間と会うことができず、そのあいだにピエロのメンバーは方向性の違いから
 解散してしまう。
 1992年8月、GLAYが新宿『LOFT』でライブをするとJIROは友人から連絡をもらい、その時、
 TAKROやTERUたちと連絡先を交換した。それから1ヶ月後くらいにTAKUROから『一緒にやらないか』
 との電話があり、1992年9月、JIROははGLAYに加入する。
 1993年10月17日(JIROの誕生日)、GLAYは『市川CLUB GIO』のライブに来てくれた
 X−JAPANのYOSHIKIの目にとまり、その年の11月にレコーディングに入る。
 1994年1月、メジャーデビューとなる。

 【GLAY バンド名の由来】
 『光の部分とともに影の部分も表現していきたい』という想いから白と黒を混ぜたグレーにちなんで考えて
 つけたとの事。ファンよってはポップスを白、ロックを黒とたとえ、そのどちらもできるようにつけたとも
 伝えられている。
 

GLAY ゆかりのスポット
 桔梗保育園  TERUが通った保育園
 桔梗小学校  TERUとTAKURO(小6の夏に転校)が通った小学校
 桔梗中学校  TERUとTAKUROが通った中学校
 鍛神小学校  TAKURO(小6の夏まで)とJIROが通った小学校
 日吉ヶ丘小学校  HISASHIが小学4年の時に弘前から転校してきた小学校
 赤川中学校  JIROが通った中学校
 北中学校  HISASHIが通った中学校
 稜北高校  TAKUROとHISASHIが通った高校
 函館商業高校  TERUが通った高校
 函館大谷高校  JIROが通った高校
 あうん堂  高校時代、初めてライブをしたライブハウス。JIROはピエロ時代にGLAY
 と対バンした。GLAYの原点ともいえる場所。
 FMイルカ  函館のFM局。94年のメジャーデビュー直後、デビューシングル『LAIN』
 のキャンペーンにきた。半年後、ふたたび出演。
 カフェ ペルラー  高校時代、TAKUROが通い曲を創っていたりした。注文していたのは
 レモンティー。GLAYの曲『カナリア』のモデルになった。
 金森ホール  GLAYが3度の凱旋ライブをしたことで有名。
 サウンドパパ  高校時代、スタジオがあるので練習したり、ライブをした楽器店。
 ベイシティストリート   高校時代、あうん堂がメーンだったが、月1でここでもライブをした。
 HISASHIが『蟻』時代にもライブをしたことがあるらしい。
 四稜郭  JIROが小学校の頃、友達と遊んだ場所。
 赤川生協  JIROが家族と買い物へ行き屋上で遊んだ
 赤川水源地  JIROが中学校の時、ジンギスカンをした場所
 玉光堂(松風店)  JIROがGLAYメジャーデビューした際、あいさつに行った。
 喫茶店アート  HISASHIが行っていた喫茶店
 スナック絹  TAKUROの母親の知り合いのお店。TAKUROも2〜3度
 行ったことがあるらしい
 スナックペアー  TERUのおばさんのお店
 スナック青い鳥  TERUのおじさんのお店
 美術館  JIROが高校3年の時にTAKUROの一言で東京行きを決意した場所
 メンズショップ ヤマグチ   ステージ衣装などバンドマン御用達の洋品店だったが、火事のため現在は
 ありません
 ヤマハ楽器  JIROが中学時代、よく使っていたスタジオ。TERUのサインがある
 公会堂のトナリ  TERUが高校時代、よく通ったソフトクリーム屋さん。TVに紹介され
 サイン等がある
 三浦商店  TERUが幼少のころ買い物に行ったお店
 小橋水産  TERUの親戚
 穴澗海岸  TERUが海水浴をして遊んだ海岸
 佐藤商店  TERUが高校のとき友人と授業をぬけだしてカップヌードルを食べたり
 、さぼりに行ったお店
 カリフォルニアベイビー  JIROがよく行ったお店。シスコライスがおすすめ!
 ラッキーピエロ(末広店)  JIROがGLAYメジャーデビューした際、あいさつに行った。
 西波止場  JIROの著書『キャラメルブックス』の中に写真がある。裏の東屋の柱
 にイタズラ書きなど写真撮影のために行った場所。
 八幡坂  GLAYの単行本『永遠の1/4』でメンバー4人で撮影した思い出の場所
 大門グリーンベルト  JIROが野外ステージで上半身裸でライブ(無許可)した場所。
 パンダ丸と月光仮面の上で写真を撮った
 レインボーホール  駅前の和光デパートの中にあるライブハウス。JIROは屋上のゲームセンター
 によく行った。ジュディマリのユキちゃんもここでよくライブをした
 はたなかクリーニング店  JIROの先輩の家。JIROにベースを教えてくれた先輩
 ハセガワストアー(中道店)  JIROがよく食べた『やきとり弁当』がある。JIROのおすすめはタレ。
 万代埠頭  JIROが小学生のころに釣りをした場所
JIROが落書きした猿の絵
 2001年5月23日にJIROが函館に来た際、啄木小公園の石に
 らくがきをしたもです。書かれて間もなく石が持ち去られた為、現在は
 ありません。いまでは貴重な写真になっています。
 画像をクリックすると大きな画像がでます。
JIROが落書きした石

函館GLAYタクシー観光 料金
車 種 2時間30分コース 3時間コース 4時間コース
小型タクシー(4名) ¥8,190 ¥10,920 ¥13,650
中型タクシー(5名) ¥10,050 ¥13,400 ¥16,750
ワゴンタクシー(7名) ¥14,560 ¥18,200 ¥21,840
ジャンボタクシー(9名) ¥18,200 ¥21,840 ¥25,480

 ※上記のコースの料金は超お得な函館観光案内タクシープランと同じです。
 ※上記のコースの他、5時間コース、6時間コース、7時間コース、8時間コースもございます。
 ※上記のコースはルート(スポット)が決まっていませんので上記のスポットを参考の上、お客様が
  お決め下さい。
 ※上記のスポット以外に秘密のスポットもございます。


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